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“artext.design”はただのブログです。 一見、何の変哲もない静かなブログですが、 いつでも野望は100万PV。 私は文で呼吸したい。


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ダイエット 20日目 ダイエットと禁煙

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ダイエット20日目。64kgを切ったのもつかの間、順調に増えて停滞してしまっている。ただ、筋肉量はさほど落ちていないし、体脂肪に関しても控えめな感じになってきた。

禁煙は続かないけれども、このダイエットは続いている。なぜ、禁煙が続かず、ダイエットや運動が続くのか?ふとそんなコトを考えている。

どう考えても、禁煙の方が健康には良い。私ぐらいのスペックなら、まだ、ダイエットをしないコトで病気になるリスクは少ないけれども、喫煙をすることはスペック関係なしにそのリスクは高まる。愚かしい。自分でそう思う。

喫煙をやめることができないのは、世の中ではニコチンのせいだと言うけれども、私の場合、もしかしたら大多数のやめられないヒトはそれ以上に“やめた成果がカタチになって見えない”からつまらないのではないか?と考えている。

ダイエットは、体重計の上に乗っかって、増えた、減ったで一喜一憂したり、こうしてブログに成果を報告したり、鏡に映る自分にニンマリしてみたり、太っていた頃には着ることができなかった服を着ることができたり、カタチになって残るものが多い、それが故に目標に対しての成果を感じやすい。目に見えるというコトはヒトとそれを共有できるということだ。

ところが、タバコはほとんどフィーリング、目に見えない部分の変化が多くて、例えば、“食べ物が美味しく感じた”とか“歩いていて息切れしなくなった(肺活量が正常になった)”とか、“身体のだるさがなくなった”とか、個人的に感じるコト、中身の部分が多くて、またそこには個人差もある、カタチとして自分自身すらも見えにくいので継続するにあたってモチベーションが上がらない、慣れてしまえば何も感じないのだろうけれども、禁煙初めから慣れるまではただの苦行、そして、目に見えな成果はヒトと共有しにくいので、それは孤独な闘いになる。時折、禁煙ブログを見るけれども、唯一、共感できるのは禁煙の苦しみの部分だけで、その効果、成果に関しては『う~ん、、、そうかぁ?』としか感じられず、応援はするけれども、よし!私も頑張ってみよう!という気持ちには至らない。

もともと、私がタバコを吸い始めたきっかけと言うのが、ブルースやJAZZを歌うヒトの声、スモーキーな歌声は酒とタバコと不摂生で作られていると勘違いしていた。好きな声に近づける為の不摂生と早死、これもまた一流への道と若気の至りで信じきっていた。ただのアホである。それが今や、声質もさほど変化もせず音楽生活も終了し今に至り、ただのヘビースモーカーなおっさんになってしまった。

きっと、私は一生禁煙できない。もう諦めた。私はスモーカーとして生きていく。タバコがどんなに値上がっても吸い続ける愛煙家ポジション、そこを目指そう。

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