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“artext.design”はただのブログです。 一見、何の変哲もない静かなブログですが、 いつでも野望は100万PV。 私は文で呼吸したい。


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或る老人 正気を保つ理由

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その老人は四肢が動かない。動かなくなってしまったのはごく最近。仕事中に頚椎を損傷してから。最近といっても、2年以上前に遡る。その頃と今を比較して変わるところはない。そして、その状態の中で正気を保っている。

彼とはよく夜にお話をする。

彼曰く、正気を保っていることは辛いことなのだという。しかしながら、彼は正気を保たねばならないと考えている。彼はもしもこの動かないまま、正気を失ってしまったら、自分にどんな仕打ちが待っているのか?それが怖いのだと言う。家族は施設にいれるだろうし、行った先の施設で、重量級の四肢麻痺で、しかも何も権利や要望を伝えられない状態の人間を人間として扱ってもらえるのか?そんなことを考えていると、不安で夜も眠れなくなるそうだ。だから正気を保ち、せめて頭だけは“普通”でいようと努力していると。しかしながら、ふと、動かない足、指先一つ動かせない手を見て、何もできない自分のことを思うと、本当は呆けてしまって、正気など失ってしまった方が自分にとって良いのではないか?と考えることもあるそうだ。実に悩ましく切実な問題だと。

これで生きていると言えるのかね?そんな質問を私に彼は投げかける。

私は答えた。

きっと、その答えは私があと50年生きた時にしか答えられない、とても難しい問題だと。

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