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“artext.design”はただのブログです。 一見、何の変哲もない静かなブログですが、 いつでも野望は100万PV。 私は文で呼吸したい。


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或る老人 恋に生きた男の末路

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その老人は施設に入るまで、厳格な父親ではあったが、職人らしいきっぷの良さと優しさを兼ね備えた、善き日本人的日本人であった。妻を大事にし、子も大事にする。完璧な父親。それが認知症を発症し色濃く残ったものは色欲。なんと哀れなことだろう。

施設に入居してしばらくは、とても上手くやっていた。施設の中でも趣味に生き、施設の中にあって自分の役割を自ら探しいるべき理由を生み出す。稀に見る生産的な入居者。手がかかることもなく、言えば分かる。やや機能的な障害で失語気味であるけれども、意思の疎通も工夫すれば複雑なことでも理解することができる安牌なありがたいお客様だった。

ところが、時が経ち、認知症も進み、彼は言う。『抑えることができなかった、、、』と。

細やかに記録を紐解けば、そんな兆候は随所に見られていた。それはほんの些細なことで、また、どこにでもありふれた接触にも見える。しかしながら、現実として、彼は齢90歳を迎え“恋”に目覚めた。

家族は言う、『あのお父さんが、、、お母さん一筋の、、、』

その父親に向けられた視線は罪人を見るかのように嫌悪感に溢れている。それは、自分の母親が“可哀想である”と感じているのではなく、明らかに、“いい年して何を、、、”という感情だ。

老人が恋してはいけないとう法律はない。施設の規定にも“恋愛禁止”は謳っていない。しかし、現実的には、“老人は恋をしない”という先入観や、“老人に性欲はいらない”という勝手な思いが、明文化されていない暗黙のルールを作っていることは否めない。

家族から無慈悲な叱咤を受け、彼は自制せざるを得なくなった。

しかし、恋を抑制されてからの彼は、性的な欲動に動かされるようになる。

お菓子で釣り、“尻”を触らせて欲しいだのと強請ってみたり。意思の疎通の難しい人間の身体に触れるようになった。ただのスケベオヤジ。していることは控えめながら、それは社会にあれば立派な買春行為とも言える。それがまた問題となり、家族から拷問のような叱咤を受けることになる。

死ぬまで彼はこの負のサイクルの中に身をおくのだろう。

老人であるが故に“自由恋愛”を許されない。

これは人権侵害ではないか?

ふと私はそう思う。

もちろん、相手の気持ちも大事だが、、、。

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