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或る老人 悪夢の中に生きる

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その老人は優しい。ヒトへの気遣い、感謝を忘れない。身体能力は高く自分コトは自分でほとんどの場合できる。それでも介護度がついている。その全ては認知症によるものだ。しかし、その認知症の部分は他者にほとんど迷惑をかけることはない。もちろん、結果として迷惑となる場合もあるけれども、その認知症の症状のすべては彼を傷つける為にある。

彼には大きなトラウマがある。彼は船乗りであった。船乗りにとってその所有する船は家であり、また、愛しい女性のようなものである。同じように見える船でもそれぞれに個性があり、時には人格を持っているような、そんな錯覚もさせてくれるもの。思えば英国で“船”は“女性”だ。日本の船の名前は○○丸といった名が多いけれども、乗れば乗るほどに女性に思えてくるのは不思議なコト。

船を何故に“彼女”と英国で呼ぶのか?ふと検索して見る。こんなコトが書いてあった。

  • 見栄えをよくするために多量のペンキ(紅、白粉)を必要とし、時には全身をきらびやかな装飾(満船飾)で飾りたてる。
  • その入手費よりも維持費によって人を破局に導く。
  • 下半身を水面下に隠し、上半身をあらわにして、入港するや否や、まっすぐブイ(ボーイ)のもとに駆け込む。
  • 正しくリードするためには、当を得た男子が必要である。

そんな恋人海に沈んだことから彼の悲劇は始まる。恋人を失った喪失感、新しい恋人を作るには年を取りすぎたという現実、何より、海という大きなものに対して自分は生還したものの為す術がなかったという恐怖、そして彼は廃業し長かった海の上での生活をやめて陸に腰を据えた。そこから1年も経たずして認知症を発症した。そして彼を悩ませるのは“恐怖”である。夜に船が沈む夢を見る。眠るのが怖くなり昼夜が逆転した。しかしながら、昼に微睡みの中で見る夢も悪夢である。常に浅い眠りの中で悪夢を繰り返し見ては魘されている。そこに救いはない。日中、活動をする気力も衰え、ただただ、安らかに眠れる場所を求める日々の中にある。初めて会ったその日から数年の月日が経った今、薬の量も増え、表面上は良く眠れているように見える。しかしながら、朝に見るその表情には疲れが色濃く刻まれている。きっと未だ悪夢の中にいるのだろう。そして薬はその悪夢を引き伸ばしているのかもしれない。

彼が眠りに付く前に祈る。今日一日くらいは楽しい夢の中にありますように。と。

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