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“artext.design”はただのブログです。 一見、何の変哲もない静かなブログですが、 いつでも野望は100万PV。 私は文で呼吸したい。


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或る老人 サスペンス世界に住む

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或る老人は突然立ち上がり叫ぶ。『あいつが犯人だ!あいつが息子を畑に埋めて、今度は邪魔になった私をこんな所に棄てようとしている。』と。

その老人は朝から晩までいわゆるサスペンスもののドラマや映画を見続けている。元々好きだったのだろうけれども、認知症になってしまった今では、逆にそれが彼女の世界で、また、彼女の思考の全てになっている。彼女の息子は疾走して久しい。もう帰ってくることはないだろう。やり場のない感情はこともあろうに、その嫁に向いていて、彼女のサスペンス脳が導き出した合理的な答えが、つまり息子が嫁に殺されたという結論だ。息子は殺されたのに、自分は生きて棄てられるだけとは何とも幸せな発想だ。利用する入所日は常にそんなことを言って義理の娘を悩ませている。そして、それを忘れる数刻の間は持論を誰と構わず言いふらしている。そんな彼女の思考を止める条件はたった3つ。1つは食事、もう1つは時間(数刻で何故か電池が切れたかのように止まる不思議)、最後の一つはお気に入りの職員に出会えたとき。

そんな残念な老人ではあるけれども根は優しい。一回リセットされてしまえば、大変そうな職員を見ては労い、重篤な利用者を見れば自分よりも優先するように話す、他者を思いやる心に溢れている。この老人が寸手のところで誰も憎みきれないのは、皆が認知症の中に見える問題以外、社会性としてのそれではなく、むき出しになった心の中にある優しさを知っているからである。

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