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或る老人 私宅監置の令嬢

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その老人は手足が長くその年代の女性にしては背が高い。そして愛嬌のある顔立ちをしている。そんな人が羨ましがりそうな容姿を持つ反面、物心がつく頃には外の世界から隔てられて生きていた。裕福な家庭に生まれながらも10歳になる頃には精神を患い、当時でいうところの精神分裂症(今で言う統合失調症)を持つ家の恥部として人目につかぬように、家の奥にひっそりと閉じ込められていた。監禁と保護の中間、私宅監置というものである。

時を経て、私宅監置は法的に禁止されたが、その後、彼女を待っていたのは精神病院での生活だった。時折、自宅に戻ることもあったようだが、彼女の人生の大半は病院での無為な生活、同年代の娘のように恋をするコトもなく、趣味やお洒落に興じるコトもなく、ただただ、病院の中で薬漬けにされ飼われるように数十年を生存していただけ。したいコトもなく、やりたいコトもない、そもそも、外の経験がほとんどなく、何も経験していない為にその意味すら分からないのだ。精神病患者から要介護老人として施設にやってきたが彼女にとって本質的な部分で何も変わることはない。故に、入居の当初は笑うコトもなく、怒るコトもなく、治療の成果、ただの木偶人形のような存在として従順に職員に従い生活していた。

それから数年の時が流れ、変化が現れ始めている。笑ってみたり、職員をからかってみたり、反抗してみたりするようになった。他にも、レクリエーションスペースに置かれた手鏡の中に自分を映してみたり、他の入居者の持つ化粧品にも興味を示すようになった。病院よりも少しだけ外に近い介護施設にあって刺激されたのか、人間らしくなってきた。昔、何かで『人間らしく扱えば、その人は人間となる』のような言葉があったような気がする。彼女があと何年生きるのかは分からないが、ゆっくりではあるけれども、こうして空白になっている数十年分の経験や興味を得、ヒトらしく成長しようとしているのだろう。

「わが邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」

 

精神病者私宅監置ノ實況及ビ其統計的觀察-呉秀三

 

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