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或る老人 認知症になってなお嫁をいびり続ける

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昔から“嫁を躾ける”という意味で姑が厳しくするというのは日本の伝統で、ただ、それは外から嫁として家に入った人間に対し、その“家”の思想を教育し、その家の一員として考え方や振る舞いが外部から見て問題がないようにするためである。ただ、それが“考えても考えても納得のいかない場合”に“いびる”と表現される。“躾”とは“叱りつける、教え諭す”ことに加えて“考えさせる”ことも重要で、“考えさせる”コトをさせなければ当然のごとく“虐められている”、“いびられている”としか感じず、その心にはストレスと反発心しか残さない。

その老人は認知症になってなお嫁をいびり続けている。在宅で過ごすにあたって、最もダメな部分が残ってしまった。四肢も動かず、寝たきりの状態であるにもかかわらず、以前に増して口は動くようになった。嫁は懸命に介護をしている。食事の際には口にスプーンを運び、その食材は食べやすいようにと包丁で細かく刻み手間をかけている。毎日、決まった時間の他、本人の呼び声に応じてオムツを交換し、痒いだの痛いだのと言う声にも無視することなく応じている。しかし、当の本人は、飯がまずい、食べにくい、もっと丁寧にしろ、気が利かない、などと感謝の言葉もなくその嫁を責め続けていた。完全な小言、嫁いびりである。

そんな状態でいつまで続くのだろうと思っていたが、早くも限界が訪れた。嫁は言う、「昔からいじわるで無茶なことをいうヒトでしたが、少なからず勉強になる部分もありました、でも、、、こうなってからは何もないんです。感謝している部分もありましたが、そんな気持ちももう、、、」完全に鬱である。きっと、こんな状態の時、年に何件かの凄惨な事件は起こるのだろう。

程なくして、その老人はとても長い短期入所に入るコトになる。その老人は周囲の利用者や職員に言う、「お嫁さんにはね、とても良くしてもらったんだ、料理も上手でねぇ、、、早く家に帰りたいわ」

しかしこの老人が家に帰ることはない。もう、片道キップは発給されてしまったのだから。

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